恐竜界の大ニュース
2025年6月12日、英科学誌『ネイチャー(Nature)』に掲載された1本の論文が、世界中の恐竜研究者や愛好家の注目を集めた。
モンゴル南東部で「カンクウルウ(Khankhuuluu mongoliensis)」という名の新種恐竜が発表されたのである。

画像 : カンクウルウの復元図 Connor Ashbridge(CC BY 4.0)
SNSで話題となり、ニュース速報でも報じられたその名は瞬く間に広がり、「新種の恐竜発見」「ティラノサウルスの仲間か」といった見出しが各メディアをにぎわせた。
一見すると、珍しいニュースのようだが、実は恐竜の新種発見そのものはそう珍しいことではない。
だが今回の発見は、単なる新種の追加にとどまらない。
恐竜ファンの筆者も、当初は冷静にニュースを受け止めていたが、公開された研究内容に目を通すうちに、その重要性に驚かされた。
今回の記事では、このカンクウルウがなぜ「とんでもない大発見」なのかを、進化の視点から解説していく。
記事の違和感とそれ以上の重要性
この発見を世に知らしめたのは、北海道大学の小林快次教授とカルガリー大学のダーラ・ゼレニツキー准教授らによる、国際研究チームの論文発表だった。
2025年6月12日、英科学誌『ネイチャー(Nature)』に掲載されたその研究は、モンゴル南東部で発見された獣脚類の化石について、新属新種「カンクウルウ・モンゴリエンシス(Khankhuuluu mongoliensis)」として記載する内容だった。
「A new Mongolian tyrannosauroid and the evolution of Eutyrannosauria」(Jared T. Voris et al., 2025)
https://www.nature.com/articles/s41586-025-08964-6
※英科学誌ネイチャー(Nature)
発見された恐竜は全長約4メートル。体重500キログラム未満とされ、ティラノサウルス類としては中型に分類される。
その外見は小型で華奢だが、系統上の位置づけは極めて重要だ。
研究によれば、カンクウルウはティラノサウルス・レックスやタルボサウルスといった、“超大型ティラノサウルス類”が登場する直前の段階に位置づけられ、これまで謎とされてきた「進化の空白」を埋める存在だという。
発表内容を読んだ当初、筆者が感じたのは「どこか控えめに書かれているが、実は恐ろしく重要な発見ではないか?」という違和感だった。
後に分かったのは、まさにそれが正しかったということだ。
大発見である理由

画像 : デイノケイルスを襲う二頭のタルボサウルス wiki c ABelov2014
筆者は以前、ティラノサウルス・レックス(T-REX)のアジア起源説に関連して、タルボサウルスを紹介したことがある。
『アジアのティラノサウルス?』タルボサウルスとは ~恐竜界を揺るがせた命名論争
https://kusanomido.com/study/fushigi/dinosaur/104674/
この記事の末尾で、「T-REXのルーツがアジアから見つかる可能性は大いに夢がある」と述べた。
つまり、かねてより一部の研究者が提唱してきた「ティラノサウルス類は、アジアから北米にわたって巨大化した」とする仮説を、具体的な化石証拠で裏付けた点でも、今回の発表は画期的だったのだ。
いわゆる「ミッシングリンク」がここまで早く発見されるとは思わなかった。
カンクウルウは、ティラノサウルス類の進化における「空白地帯」に位置づけられる存在であり、北米のT-REXや、アジアのタルボサウルスといった巨大肉食恐竜に至るまでの進化過程に、具体的なつながりをもたらすものといえる。
ただし、誤解してはならないのは、カンクウルウは直接のT-REXの祖先というわけではないという点だ。
カンクウルウの生息年代は、約8600万年前。
一方、タルボサウルスやT-REXが繁栄したのは、それよりおよそ2000万年後の時代であり、両者の間には大きな時間的隔たりがある。
また、カンクウルウ自身が北米に渡ったという証拠も、今のところ確認されていない。
とはいえ、カンクウルウのような中間型ティラノサウルス類が、後の大型種につながる“系統の流れ”の中にいたことは確かであり、その発見は、アジアから北米への分散と大型化を伴う進化シナリオを強く補強するものとなった。
まだ「進化の空白」がすべて埋まったわけではない。
だが、アジア発祥説にとってこれほど説得力のある化石記録が出た意義は大きく、恐竜進化の解明に向けて、確実に一歩が刻まれた瞬間だった。
カンクウルウ判明の経緯と特徴
2025年最大級の恐竜発見と称されるカンクウルウだが、実はその存在が明らかになったのは、つい最近のことではない。
この恐竜の化石そのものは約50年前、1970年代のモンゴル・ゴビ砂漠の調査で回収されていた。

画像:1970年代に標本が発見されたバイシン・ツァフ産地(C)と、2008年に別標本が発見されたツァガン・テグ産地(D)を示す地図。Tsogtbaatar et al / PLOS ONE(CC BY 2.5)
長らく「アレクトロサウルス」と仮に分類されていたが、今回の発見と再検討によって、まったく別の恐竜であることが明らかとなった。
そもそもアレクトロサウルスは、1923年に初めて記載されたものの、化石は断片的で、比較できる資料も乏しかった。
今回の研究では、既存標本との形態差が精査され、その結果「カンクウルウ・モンゴリエンシス(Khankhuuluu mongoliensis)」という新属新種として正式に命名されたわけだ。
名前の由来はモンゴル語で「王子(ханхүү)」と「竜(луу)」を組み合わせたもの。
直訳すれば、「モンゴルの王子の竜」となる。
つまり、「発見」というより「再評価による再発見」といったほうが正確かもしれない。
では、カンクウルウはどのような特徴を持っていたのか。
最も注目すべきは、頭部を中心とした骨格に、より進化したティラノサウルス類と共通する特徴が随所に見られる点だ。

画像 : 発見された箇所から構築された頭蓋骨の復元 wiki c SlvrHwk
たとえば、鼻骨には空洞化(含気構造)や縦走する稜(隆起線)が見られ、涙骨や後頭部の形状にも既知の大型種に通じる構造が確認されている。
一方で、体格は華奢で比較的小型。
成熟個体でありながら“幼さ”が残る構造を備えていた点でも、進化の過程を示す重要な手がかりとなった。
そうした中間的な特徴の積み重ねが、まさに「ミッシングリンク」の名にふさわしい存在として、カンクウルウを特別なものにしている。
新たなミッシングリンクの判明は案外近い?

画像 : カンクウルウ・モンゴリエンシス(Khankhuuluu mongoliensis)イメージ図 草の実堂作成(AI)
一つの恐竜にこれほど多くの進化の要素が詰まっていると、複数の恐竜の化石が合わさった「キメラ恐竜」ではないかと疑う声もあるかもしれない。
実際、過去にはティラノサウルス・バタールとして記載されていた標本が、その後の研究で独立した属「タルボサウルス」として再分類された例もあり、カンクウルウについても今後の発見や解析によって覆る可能性はゼロとは言い切れないだろう。
とはいえ、T-REXの祖先がアジアで誕生し、地続きだった北アメリカへと渡って巨大化を遂げたという進化の仮説に、カンクウルウという具体的な存在が加わった意義は極めて大きい。
これにより、ティラノサウルス類の進化と拡散をめぐるシナリオがより立体的に描けるようになった。
カンクウルウが北アメリカに渡ってT-REXの系統へとつながったのか、それともさらに別の派生系統がその後アメリカへと到達したのか、明確な答えが出るには、まだ時間がかかるだろう。
それでも、恐竜ファンとして「生きているうちにミッシングリンクが見つかれば御の字」と考えていた筆者にとって、今回の発表はまさに予想外の朗報だった。
新たな進化のピースが見つかる日は、意外とすぐそこまで来ているのかもしれない。
参考 : 『Voris et al(2025)Nature』『北海道大学 大型ティラノサウルス類の起源と進化の解明』他
文 / mattyoukilis 校正 / 草の実堂編集部
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